まえがき

 郵便切手は、時代の変遷や技術の進化を反映する小さな芸術作品です。 それぞれの切手には、発行された国や時代の物語が刻まれ、歴史や文化、科学技術の発展を垣間見ることができます。本書ではその中でも「放送関連切手」に焦点を当て、ラジオ放送の黎明期からテレビ放送、さらには衛星放送やデジタル放送まで、放送メディアの進化の足跡を切手を通じて辿ります。

 放送関連切手は、切手コレクションや書籍の中で散見されるものの、その歴史や背景に特化して体系的に扱われることは極めて稀です。筆者は、放送技術の分野に永年携わる中で、放送の歴史を学び直す機会に恵まれましたが、その過程で、放送に関する記念切手が思いのほか多岐にわたることに気づきました。しかし、それらは一部の代表的な切手が紹介されるにとどまり、その全貌を知るには至りませんでした。

 世界中で放送に関する切手が数多く発行された背景には、いくつかの節目があります。たとえば、ラジオ放送が始まった1920年代、テレビ放送が普及し始めた1960年代、そして国際通信連合(ITU)の創設から100年といった記念年等です。これらの節目ごとに、多くの国で記念切手が発行されました。それぞれの切手は、発行国の特色やデザインの工夫を凝らし、放送技術の進化を視覚的に伝える貴重な資料となっています。

 本書は、4つの章で構成されています。第一章「放送(前史からデジタルへ)の歩み」では、ラジオ放送の始まりからテレビ、衛星、デジタル放送に至るまでの技術的進化を切手でたどります。ラジオ放送の前史として、火花放電による電信技術の開発など、通信の基盤となる技術の発展を紐解きます。テレビ放送の実現に向けては、ニプコーの画像伝送実験や真空管の発明、さらに人工衛星「エコーⅠ」を用いた大陸間画像伝送の成功が重要なマイルストーンとなりました。これらの技術革新が、現代のデジタル放送へと繋がっています。

 第二章「各国の放送の始まり」では、各国におけるラジオ放送の初期の状況を切手を通じて紹介します。1920年代から放送が始まった国々の中には、その後の政治状況により国名や国家体制が変遷した例も少なくありません。これに伴い、当時発行された切手がその国の歴史や政治的背景を物語るものとなっています。本章では、こうした切手を通じて各国の放送の歴史と社会的背景を描き出しました。

 第三章「国際通信連合(ITU/UIT)への加盟」では、電波が国境を越えることから生じる課題を解決するために設立されたITUの役割を紹介します。1865年の創設から150年以上を経た現在でも、通信や放送に関わる国際的な秩序を支える重要な組織として機能しています。創設100周年の1965年には、世界各国で記念切手が一斉に発行されました。このように、放送や通信の歴史を記念する切手は、技術の進化だけでなく国際協力の象徴でもあります。

 第四章「聴取料・視聴料による経営」では、放送局の運営資金調達の仕組みに焦点を当てます。特に、視聴料徴収のために用いられた証紙が登場する国々について詳述しました。これらの証紙は切手と同様、国の放送制度やその運営形態を反映する資料として興味深い存在です。

 本書は、約3,000種類の放送関連切手を収録し、これらを通じて放送の歴史をビジュアルに描き出しています。切手はただの蒐集品ではなく、社会や技術の進化を記録する貴重な史料です。本書を通じて、放送メディアの歩みを振り返ると同時に、切手という小さな芸術作品が持つ文化的価値と魅力を再発見していただければ幸いです。
   
  2025(令和7)年
                        著者